今はもう「凧揚げ」なんてしないですが、昔はやってましたね、私はやってないですけど、派手な歌舞伎役者の顔が一面に刷ってあって足のようなものがひらひらと凧の両下にあったような気がする
凧が一番高く上がるのは風に向かっている時であって、風に流されている時ではない ブッチとサンダースの「明日に向かって撃て」ではないけど風に向かっていくのが男として一番かっこいいシーンだ、権力に立ち向かう叛逆のヒーローではないけど、凧が一番強い風に向かっていくときには凄い抵抗力と引っ張りの力が発生してエンジンがついている感じで力強く天に上がっていく。
人間も同じように困難に立ち向かっていくときは人の身体の中にある「チャレンジ細胞」が頭をもたげ、 問題解決に向かっていく、 今の自分は過去の集大成、昔からやってきたことを頭の中で夢を描き、それが現実化することを夢見て行動すれば昔はそれでよかったが 今は違ってきている


「周りの黄色に感化されて赤のチューリップが色変化している」
少しの変化を怖がっていたんでは今の小さな企業はすぐ潰れてしまう。私の経験上ですが調理師の免許持ってる人ということで、期限限定でおじいちゃん、おばあちゃんのいる施設で働かせてもらったんですが、ここが全く素人の調理で、よくある美味しい料理を 考えて、ということじゃなくてただ解凍してあったパックを切って盛り付けるということでした。
衛生管理だけは一丁前で年寄りがいるので気を遣わなければいけないけど、私の今までのイタリアンからは想像もつかない作業でした、マアあまり意見を言っても仕方ないので期限でやめましたけど、 老人を商売に使っているなと思ってしまいました。
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美味しいものを作るといういうイタリア人シェフと かたや衛生的なことだけを追求することでは料理の 味方やアテチュード、質が違いすぎますね、 老人だって当然美味しいものは食べたいし、 デザートだって手作りのものを食べたいでしょ?
でもそこは作る人もいなくて知識もない、買ってきたお菓子、饅頭みたいなもので済ませている、 ここの調理を仕切っている人はそんな感じで冷凍パックをいかに早く開けるかが問題でfuck’n bull shit
「週一くらいでデザート作ったら?」と聞いてみたんですがここを仕切っている人は、ここのホームは利用者さんが少なくて予算がないと言っていた。
これって悪循環で特徴がないから利用者さんが 来ないので手をぬく、更に節約、やり方の方針も違うけど 美味しいものを出してあげれば評判でくるんじゃやないかな?と思った。 老人に対しての親切心、思いやり、が必要で、 そこに美味しいものがあってそれをを食べれば老人だって「あそこの施設は美味しいものがあるよ」って評判でくるんじゃないのかな、老人もまだ舌がボケているわけではないし、美味しいものはちゃんと美味しいと感じるだろう、現場にいる人たちは 多分それを分かってない人たちです、こんなの介護って言えるんですかね?
介護っていうのは全てが満足してもらって介護なんで食事から手抜きじゃ介護の「か」もいってない。
どこの施設でも「年寄りだから」と言って手抜きで済ませる 少しの間赤字になってもデザートくらい美味しいものを出してあがれば、お年寄りだって美味しいものは食べたいんだから、体が動かないからここに来ている。
そんな年寄りを商売にしてる悪徳商法みたいだ。
どんな意見でも人の意見を聞かない人は、会社は潰れる、「松下幸之助」を見習って経営をしたら?
いかに介護の人間が足りないのか、 そしてどうすれば喜んでもらえるか、老人だからといって「一波一絡げ」で済ませるのではなくて 個性が、個人の考えが、こだわり、があるのでそこに携わっていく人もよく考えて、相手は何も反抗することができないからここ来ているのであって、若くて健康でいる人とは違っていることを考えてケアしましょう。
少しの間ではあるんですが介護現場を見て思ってことを書いてみました。
一つのことだけをこなすんじゃなくて、色々な場面を想像して、このおばあちゃんは昔立派だったんだとか履歴でわかるでしょう、だからそれに合わせてケアしなきゃ施設の意味がない、人が人を見ているんだから老人と言ってかるく見ては困りますね、
帰りになってようやく楽しかったのかがわかる、ここの施設はあまり楽しそうでもなかった顔してました。
ありがとうございました 続く
❤️chiao Tranquila take care!
L 8er keep it real.
Sent from my 『Mac pro 』

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