なんとなく今の新しいものではなくて 味のある昔のものが欲しくなって、その頃の感覚が欲しくなって、その頃ってどんな生活をしていたんだろう?この不自由な時計でも十分間に合った時代だったのか?
世の中がスローテンポの時代だったのか?結局はその時代にマッチしていということでしょう。
半日に一回ゼンマイを巻くこと自体懐かしい「昭和」だろう、だって一日もたないんだから ゼンマイが。パワーの源が。
今は多分無理だろう!防水も無いんだから、水仕事する時は わわざ腕から外す、そんな時間もったいないでしょうって考える時代ですか?
そんな気持ちからかな? 「リコーダイナミックエスコート」という時計 50年も経っているんだからholy crap !
動くか動かないものにお金をかけてそれが必要だった? 修理するのに何万もかかるわけだし、だいいち部品があるかどうかも問題、さらにリコーでしょ?セイコーとかシチズンだったらわかるけどリコーじゃあやしいぞ。!
そんな気持ちで修理屋さんに持って行ったんですけど、これだったらゼンマイかえれば動くよと言われたんです防水とは打ってあるけど水にはあまり入れないでください、パッキンは変えたけど、どこから水が入るかわからないんで、 なんと言っても50年、半世紀ですから他の部品がどうなってるかわからないので今のまま大切に使うしか無いです、そんな感じでした
機械ですが人間と似ているなと思いました、人間も50年も経つとどこかがダメになってきて、そこから大きな病気になるそんな事ですか? でもなぜそんな古い時計を使いたいのか?いくらだって新しいものがあるじゃ無いですか?クオーツでもデジタルでも1秒もくるわないです、何故あえてなぜゼンマイなんだ?
見ていて冷たさが無いです、温かみがゼンマイを巻いて時を刻む機械式の時計、どんな時計人生を歩んできたのか大袈裟ですが その裏に隠されてきた時間の流れ、よく動いてくれていたなと思っちゃいます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
忘れ去られようとしているこの高く無い時計をなぜスッポット当てしたのか分かりませんが、1秒も狂わずしっかり防水してあるものと比べて、なんか面倒見てあげないといけないかな?と思っただけで、せっかくここにあったんだからまた再び50年時を刻みましょうと思ったんです、一生懸命頑張ってるな!と感じたんですね、
機械に感情入れても仕方ないんだけど、 まさに人間が使っていた時の記憶があります、どんな人が使っていたのか?いつどこで使っていたのか?その時はどんな風が吹いていたんだろう?色々浮かんできますよね 50年前ですから、自分は何をしていたんだろうか?なんて思うところがあります、新品のものには無い 「時間」という過ぎてきた物語があります、そして物を大切にしているという気持ちが芽生えてきます
小さな部品が組み合わさって歯車を回して時を刻んでいる、これってなんか「ロマン」感じませんか? 確かにクオーツの時計は誤差がないですが、温かみが 抜けている感じがするんです、その点機械式だと頑張ってるなと思うんです、高級な機械式もいいけど高いので手が出ません、確かに欲しいですが100万単位する時計は他が出ないし、付けていてもったいないです、心配なくつけるのは安物です
ブランドということについては高いのもにはそれなりの価値がありますが、安いものは何十年も前から動いてきたんだというブランドがあります、さらに高級ではないことです。過去から現在までの時を身に付けるということなんです。

これも年代物の時計です、専門店で直してもらったんですが結構いい値段でした
こんな安い時計でも他の時計と引けを取らずに時を刻んできたということかな、とりあえず古いものに愛着があって身に付けていると楽しいので好きです、そりゃ高級品もいいけど、貧乏性で勿体ないと思うんですね、 そこまでして付けても意味がないんで安物でもあまり他の人が持ってない年代物を身に付けているんです、そんな感じかな,,,,,,,,
時計の年月で思い出したんですが、昔の人はその当時は「ただ単に」時間がわかればいいと思っていたんでしょうけど、今の時代は持ち物にもこだわりがあって ゼンマイを巻くことへのこだわりと、この古さが味を出しているということですか?ちょっと面倒ですがね
誰でもそうですが人と「かぶらない」ことが差別化を生み出して個性につながると考えているのかもしれません。不自由ですが いつまでもたいせつに使っていきたいです
差別化するにはこのくらいのリスクを取らないと差別化はできません。特に差別化しようとは思わないけど、時計に対しての優しさですか?
私も歩きに行く時なんかはスマートウオッチをつけて何歩歩いたのか?血糖値が気になったりHBA1Cが気になったりしてそれをつけていますが確かに便利です。
誰も興味を示さなくても自分で好きなものをつけると言うことです、それが自分の生き方なんでしょうね 大袈裟になりましたが好きなことをやって一生終えればいいんじゃないですか?
ルイボスティもずっと飲み続けていて、身体の調子が良くなってきました、誰も興味をし示さなくていいので 「自分が好き」なら続けることくらい誰だってできる。
そこが生きる道ですか?
ありがとうございました 続く
❤️chiao Tranquila take care!
L 8er keep it real. Sent from my 『Mac book 』


コメント